「量子スピン液体の熱力学と磁気ダイナミクス」
那須 譲治 氏
Aug 02, 2016
日本物理学会北海道支部講演会
講演題目: 量子スピン液体の熱力学と磁気ダイナミクス
講 師 : 那須 譲治 博士
東京工業大学理学部 助教
日 時 : 平成28年8月2日 (火) 15:00-16:00
場 所 : 北海道大学理学部 2号館2-505 室
要 旨 :
極低温まで磁気秩序を示さない量子スピン液体はP. W. Andersonによる理論提案以降、およそ半世紀にわたって磁性物理学の主要な研究テーマのひとつになっている。しかしながら、これまで数値的にこの状態を取り扱うのは計算手法の制限から絶対零度ですら困難とされており、加えてこの状態にはあらわな秩序変数が存在しないため、それをどのようの特徴づけるかも議論となっていた。近年では、量子スピン液体では量子スピンが分数化されて生じたフェルミ励起が生じるとして、極低温での比熱や熱伝導度の漸近的な振る舞いが実験的に調べられている。本研究では、量子スピン模型のひとつであるキタエフ模型に着目する。この模型は、厳密に解くことができる数少ない2次元模型であり、その基底状態は分数化されたフェルミ励起を素励起に持つ量子スピン液体である。このスピン液体の性質がどのように高次元/有限温度に拡張されるかは興味深い問題である。また、この模型はスピン軌道相互作用の強いイリジウム酸化物に代表される5d電子系において実現されると考えられており、実験との比較を行うためにも、有限温度の解析が必須となる。 2次元及び3次元キタエフ模型に対して,有限温度の熱力学量と動的磁気応答を計算した。この模型はジョルダン・ウィグナー変換により相互作用のないマヨラナフェルミオン系とそれと結合する局所Z2変数という形に書き換えることができる。フェルミオン系を厳密対角化し、局所Z2変数の配置をモンテカルロ法によって更新することで、有限温度のシミュレーションをおよそ1000サイトまでのサイズで行った。その結果、比熱に2つのピーク構造を見出した[1,2]。この2つのピークのそれぞれでエントロピーが半分ずつ解放される。これは,量子スピン液体の特徴であるスピンの分数化を反映したものである。3次元系では特に、低温の比熱のピークで相転移を示す。これは高温の常磁性から低温の量子スピン液体へのスピン系の"気液転移"と見なせる。さらに、2次元系において、ラマンスペクトルの温度依存性を計算し、実験結果とよい一致を示すことを見出した[3]。この結果は、現実の物質においても分数化されたフェルミ励起が存在する直接的な証拠となる。加えて、動的スピン構造因子、磁化率、NMR磁気緩和率に対してどのように分数化が現れるかも議論する[4]。 [1] J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome: Phys. Rev. Lett. 113, 197205 (2014). [2] J. Nasu, M. Udagawa, and Y. Motome: Phys. Rev. B 92, 115122 (2015). [3] J. Nasu, J. Knolle, D. L. Kovrizhin, Y. Motome, and R. Moessner: Nat. Phys. nphys3809 (2016). [4] J. Yoshitake, J. Nasu, and Y. Motome: arXiv:1602.05253.
世話人 速水 賢
(hayami@phys.sci.hokudai.ac.jp)
北海道大学理学部物理学科 (電話011-706-3484)