「実験で観るスピン1/2三角格子反強磁性体の量子多体効果」
田中 秀数 氏
Oct 05, 2016
日本物理学会北海道支部講演会
講演題目: 実験で観るスピン1/2三角格子反強磁性体の量子多体効果
講 師 : 田中 秀数 博士
東京工業大学理学院物理学系 教授
日 時 : 平成28年10月5日 (水) 16:30-18:00
場 所 : 北海道大学理学部 2号館2-404 室
要 旨 :
スピンの大きさが1/2で交換相互作用が等方的な三角格子Heisenberg反強磁性体(TLHAF)は,フラストレーションの強い量子磁性体の典型的な模型である.このS=1/2 TLHAFの基底状態の理論研究は,AndersonによるResonating-valence-bond (RVB) 理論に端を発して,精力的になされてきた.その結果,基底状態はRVB状態のようなスピン液体ではなく,スピンが120°構造をとる秩序状態であることが現在の理論的コンセンサスである.基底状態は秩序状態であっても,S=1/2 TLHAFは磁場中で顕著な量子多体効果を示す.代表的な巨視的量子効果が磁化曲線に現れる飽和磁化の1/3にできるプラトーである.一方,実験的にもS=1/2 TLHAFのモデル物質の探索が精力的に行われてきた.本講演で取り上げるBa3CoSb2O9はCo2+が有効スピン1/2をもつ六方晶の物質で,現在S=1/2 TLHAFに最も近い物質と考えられている.我々はBa3CoSb2O9を用いて,1/3磁化プラトーを含む量子磁化過程全体の実験的検証を行った [1,2].このように,S=1/2 TLHAFの基底状態はかなり詳しく分かってきたが,励起状態には不明な点が多い.磁気Bragg点であるK点近傍の低エネルギー励起は線形スピン波理論で記述できるが,K点から離れると,励起エネルギーが大きく低エネルギー側に再規格化されることが近年の理論研究から分かってきた.しかし,高エネルギーの連続励起などに関しては,理論によって様々である.実験的には,Ba3CoSb2O9におけるマグノン励起が米国のグループによって調べられ,理論が予言する分散関係の概要が確かめられている [3].我々は最近,J-PARCのMLFに設置された冷中性子チョッパー分光器AMATERASを用いてBa3CoSb2O9の磁気励起を詳細に調べた.その結果,マグノン励起のエネルギーが低エネルギー側に再規格化されることの他に,M点およびΓ点とK点の中間点にロトン的な極小が現れることが明瞭に観測された.また,磁気励起は3段構造であることも分かった.1段目は単一マグノン励起の分散を表すが,2段目と3段目は分散的構造を持つ連続励起になっている.さらに,3段目の連続励起は交換相互作用Jの5倍程度の高エネルギーまで続いていることも判明した.このような連続励起の構造を説明する理論はまだないが,分数スピン励起などの可能性も考えられる. [1] Y. Shirata, H. Tanaka, A. Matsuo and K. Kindo: Phys. Rev. Lett. 108 (2012) 057205. [2] T. Susuki, N. Kurita, T. Tanaka, H. Nojiri, A. Matsuo, K. Kindo and H. Tanaka: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 267201. [3] J. Ma, Y. Kamiya, T. Hong, H. B. Cao, G. Ehlers, W. Tian, C. D. Batista, Z. L. Dun, H. D.Zhou and M. Matsuda: Phys. Rev. Lett. 116 (2016) 087201.
世話人 吉田 紘行
(hyoshida@sci.hokudai.ac.jp)
北海道大学理学部物理学科 (電話011-706-3484)